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今月の法話 2021/09/01

宗務所

9月の法話 「いただきます」の心

9月の法話 「いただきます」の心
皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。今年は新型コロナウィルスの影響に より、お寺で子ども達にお会いする機会が減っているように思いますが、例年なら社会科 見学やお盆参りでお会いする機会も多くあります。
その時によくいろんな質問をされることがあります。以前も小学生のお子様に、なぜ合 掌して「いただきます」というのかを尋ねられたことがありました。
今月はその時にお話した、「ジャータカ物語」の中の「いのちの天秤」というお話をご 紹介したいと思います。
昔、シビ王という心優しい王様がいました。 ある時、その王様の所にハトが逃げて来て「タカに追われています。私を助けてくださ
い。」と命乞いをしました。
王様はかわいそうにとそのハトをかくまいました。 すると次はタカが飛んできて「そのハトは私の獲物で、そのハトを食べないと私は生き
てはいけません。そのハトを私に返して私の命を救ってくれませんか。」と王様にお願い しました。
ハトもタカもどちらも救いたいと思った王様は、代わりに自分の体の肉をハトの体と同 じ重さの分だけタカにあげようと、自分の体から肉を切り取り、天秤の上に置きました。
ところが、その天秤はどれだけ王さまの体の肉を切り取って置いてみても、ハトの重さ と釣り合いませんでした。
そこで王様は「はっ」と気づき自らが天秤に乗りました。すると天秤はピッタリ真ん中 でとまりました。
その天秤はいのちの重さをはかる天秤だったのです。
王様はハトのいのちも、自分のいのちも、それぞれ同じ一つの平等でかけがえのないも のであることに気づかされたのでした。
このお話は私達が普段忘れてしまいがちですが、生きていく中で、いろんないのちを いただいていることを教えてくれるお話であります。
さらに禅の修行道場では食べることも修行であり、食事の際に必ず「五観の偈」という 偈文をお唱えします。その最初に「一つには功(こう)の多少(たしょう)を計り、彼の 来処(らいしょ)を量(はか)る。」とお唱えします。
この言葉は<今から口に入れようとしているお米や食材は、一体どれほどの過程があっ てここにあるのかを考えなさい。食材を作る方がいて、運ぶ方がいて、料理を作ってくれ る方がいます。多くの人の手間や苦労があって今、食事がいただけるのです。もちろん自 然の恵みがなければ作物も育ちません。そんなすべての命がつながって初めて口に入るこ とを考えて感謝しましょう。>という意味があります。
合掌をして「いただきます」とお唱えして食べることは、すべてのいのちを大切にする という心と、すべての相手に対する礼儀や感謝、深い尊敬を表すような、とても大切な行 いではないでしょうか。